毎年10月下旬に柏キャンパスの一般公開が行われています。海洋化学部門ではサンゴ礁の砂の中からホシズナ(大型の底生有孔虫)を見つける体験型の企画を行うとともに、サンゴや貝など、海水中に溶けている二酸化炭素を利用して骨や殻を作る生物の解説や標本の展示をしています。以下の文章では、このうちのサンゴについて、最近話題になることが多い「白化現象」について説明しています。


 サンゴは「刺胞動物」というグループに属する動物ですが、「褐虫藻」という小さな単細胞の植物を体の中にたくさん住まわせています。サンゴの一匹の大きさは数ミリメートル、褐虫藻の大きさは1ミリメートルの100分の1くらいです。このように動物と植物が一緒に生活することを「共生」と言います。サンゴが初めて植物と共生するようになったのは、今から2億年以上前と言われています。

図1. a: サンゴ礁の景観(フィリピン・ブスアンガ島沿岸)。枝状や椀状の群体は数十cmから1 m以上の大きさになる。b: 枝状サンゴ(ミドリイシ属)の先端部分の拡大写真(石垣島で採集)。直径2 mmほどのイボのように見えるのがサンゴの個体。c: サンゴの個体(ポリプ)の拡大写真(Smithonian Institutionのサイトより)。茶色に見えている部分が褐虫藻の集団。d: ポリプから分離した褐虫藻の顕微鏡写真(NOAAのサイトより)。直径は約100分の1 mm。

 共生生活をすることは、サンゴと褐虫藻との両方にとって意味があります。

 褐虫藻はひとりで生活していると、他の動物に食べられてしまう危険があります。また環境中の栄養分をやがて使い果たしてしまったり、成長の際に作られる生産物がたまってくると褐虫藻自身にとって有害になることもあります。サンゴの中に共生していれば安全です。褐虫藻が必要とする栄養分(ミネラル)はサンゴからもらえます。また褐虫藻にとって有害な生産物もサンゴにとっては栄養になるので、サンゴが引き受けて取り除いてくれます。こうしていつでも褐虫藻にとって良い環境が保たれます。

 一方、サンゴはひとりで生活していると、食べ物を自分で見つけないといけませんが、植物である褐虫藻と共生していると、褐虫藻が作った栄養分を分けてもらえます。

 このようにサンゴと褐虫藻は共生することによってウィン=ウィンの関係を築き上げたので、熱帯の浅い海にサンゴ礁が増え広がり「勝ち組」になりました。このような共生関係を「相利共生」と言います。

図2.サンゴと褐虫藻の共生関係のしくみ(Suggett et al. (2017)の図を流用)

 しかし、このようなウィン=ウィンの関係には意外ともろい一面があります。環境条件が思いがけない変化をした場合に、共生関係が暴走して破綻に至ることがあるのです。例えば海水の温度がある限界以上に高くなると、共生が破綻して褐虫藻がサンゴから追い出されて、サンゴの方は真っ白くなってしまうことがあります。これを「白化現象」と言います。白化を起こしたサンゴは、そのまま褐虫藻が回復しなければ、やがて栄養失調に陥って死んでしまいます。

図3.石垣島の枝状サンゴの群集。左の写真は2016年の大規模白化の前の状態、右の写真は大規模白化直後の状態。

 白化現象は海水の温度が高い夏の時期によく発生します。20世紀の終わり頃からは地球温暖化の影響で夏の暑さが厳しくなっているため、白化現象がたいへん起こりやすくなっています。

 特に、赤道付近の海流の流れ方が大きく変化する「エル・ニーニョ」という現象が起きた年には、世界中のサンゴ礁で白化現象が起こると言われています。最近では1997年から98年にかけてと、2015年から16年にかけて、エル・ニーニョに伴う全世界的な白化現象が起こりました。大きなエル・ニーニョは十数年間隔で起こりますので、これから15年以内に次の大規模な白化現象が起こる可能性があります。

 このように、サンゴと褐虫藻の共生関係には、もろくて破綻しやすい一面があります。しかしいったん破綻しても、環境条件がよくなれば、再びウィン=ウィンの関係が成立して、すみやかに生態系が回復します。サンゴ礁は、こうして突然の破綻とその後のすみやかな回復、次の破綻までの間の安定期、というサイクルを、長い年月の間にいく度も繰り返してきたと考えられています。

 しかし、共生関係の破綻以外にも他の悪い条件が重なった場合、破綻した共生関係を回復させることができなくなることがあります。そうすると、これまでサンゴ礁であった場所が、藻場や荒れ地などあまり見栄えのしない風景に一変してしまいます。このような現象を「フェーズシフト」と呼びます。

 フェーズシフトを引き起こす原因としては、生活排水や農業廃水による富栄養化、土木工事に伴う赤土の流入、魚介類の獲りすぎ、サンゴを食べるオニヒトデの大発生などがありますが、最近では観光客によってサンゴが傷めつけられていることも原因の一つと考えられています。

図4.フェーズシフトの例(カリブ海のサンゴ礁)。かつては健全な状態だったサンゴ礁が、いったん死に絶えたのち、復活することなく藻に覆われてしまっている。(Hughes et al. 2010)

 白化現象のしくみはまだ完全には解明されていませんが、次のような仮説が有力です。

 褐虫藻は「光合成」というしくみにより、太陽光を使って空気中の二酸化炭素を栄養分に作り替えています。この時に、わずかながら空気中の酸素も一緒に作り替えられてしまい、「活性酸素」という毒のある物質が作られます。褐虫藻もサンゴもこの活性酸素を消す能力を持っているので、少しぐらい活性酸素ができても問題ありません(下図左)。

 ところが海水の温度が高くなると、光合成によって作られる栄養分の量に比べて、活性酸素の量がしだいに多くなってきます。ある温度以上に高くなると、もうサンゴの力では消すことのできないほど多量の活性酸素ができるようになります(下図中)。

 そうなるとサンゴにとっては褐虫藻がいると迷惑なだけなので、褐虫藻を外に追い出してしまうのです(下図右)。

図5.白化が起こるしくみ(仮説)

 サンゴ礁の白化現象をなくすことは困難ですが、白化が起きた時にその被害をなるべく軽減し、順調に回復できるように条件を整えることは可能です。そのためには、白化の症状を緩和し、回復を助ける要因を見つけ出す研究が必要です。

 これまでの研究から、サンゴ自身が白化の被害から身を守るためにできることが、いくつか知られています。

1.共生相手を変える。ある種類のサンゴは、白化が起こりそうになると、共生している褐虫藻を白化に強い種類のものと取り替える能力があることがわかっています。

2.自分で食料を調達する。サンゴは動物ですから、褐虫藻から栄養をもらう以外にも、触手でプランクトンを捕まえて食べることができます。たとえ白化が起こって褐虫藻から栄養を調達できなくなっても、餌が十分にあれば、捕まえて食べることで急場をしのぐことができます。

3.安全な場所に逃げる。サンゴ礁の近くには比較的涼しい所もあります。サンゴ自身は固着生物なので動けませんが、たくさんの卵を産みますので、子孫の一部は安全な場所に流れ着いてそこで生き延びることができるかも知れません。そうすると大規模な白化の時にも絶滅しなくてすむことになります。

 このようなサンゴ自身が持つ能力をよく理解し、それが十分に発揮できる条件を整えてあげると、白化が起きても軽症で済んだり、すぐに回復を始めることができるようになると予想されます。私たちは現在、いくつかの他の大学の研究者と協力して、サンゴが白化から立ち直るための持久力と回復力を高めるための方法を探す研究をしています。また、サンゴとそれを囲む生態系が本来の耐久力と回復力を発揮できるように、自然環境を整えるための研究も進めています。

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