毎年10月下旬に柏キャンパスの一般公開が行われています。海洋化学部門ではサンゴ礁の砂の中からホシズナ(大型の底生有孔虫)を見つける体験型の企画を行うとともに、サンゴや貝など、海水中に溶けている二酸化炭素を利用して骨や殻を作る生物の解説や標本の展示をしています。以下の記事は2023年度の一般公開で展示したポスターの一部です。


 日本の国土で見られるビーチ(砂浜)の多くは、山から風化作用により削られて川によって運ばれてきた砂がたまってできたものです。その主な構成成分となる元素は、ケイ素(Si)、アルミニウム(Al)、酸素(O)です。

 しかし、琉球列島の温暖な海岸では、サンゴなどの海洋生物の死骸が砕けてできた、白い砂からなるビーチが発達します。その主要な構成元素はカルシウム(Ca)、炭素(C)、酸素(O)で、炭酸塩堆積物と呼ばれます。星砂もまた炭酸塩堆積物の一種です。

 ビーチを彩る代表的な景観として、海草(シーグラス)から構成される海中の草原(海草藻場)があります。東京湾ではアマモ、コアマモ、タチアマモの草原を見ることができますが(写真1)、沖縄のサンゴ礁のビーチには別の種類の海草が草原を作ります(写真2)。サンゴ礁の白い砂の上に鮮やかな緑色の葉が繁るとたいへん美しい景観を呈します。

 沖縄に旅行する機会のある方は、サンゴ礁の手前に広がる美しい海草藻場をぜひ一度ご覧になって下さい。潮の引いている時なら浜辺から歩いて見に行ける場所もあります。

写真1.山砂由来の砂地に生育しているアマモ(千葉県富津市)。砂は陸域由来の珪酸塩堆積物であり、ケイ素、アルミニウム、酸素を主成分とする。

写真2.サンゴ礁の砂地に生育している亜熱帯性海草(沖縄県石垣市)。砂はサンゴ礁由来の炭酸塩堆積物であり、主成分は炭酸カルシウム(カルシウム、炭素、酸素)である。


 川により運ばれてくる土砂は、沖縄ではしばしば酸化鉄のために赤茶色をしているので「赤土」と呼ばれます。サンゴは赤土が苦手で、赤土が恒常的に流入する海域ではサンゴ礁が消えて荒れ地になります。

 サンゴ礁の手前に海草藻場がある場合(図1)、河川から流れ込んだ赤土は海草藻場でせきとめられるため、その沖にあるサンゴの生息地にまでは広がらず、サンゴへの被害が抑えられます(図2)。

図1.陸地から赤土等の有害物質が流入すると、沖合のサンゴ礁にダメージが及びます。陸地とサンゴ礁の間に発達する海草藻場は、このような有害物質に対するバリアの機能を果たします。(上の航空写真は石垣島の白保サンゴ礁。Google Earthによる。図の左が北に当たる。)

図2.サンゴ礁に降り積もる砂()を集めて調べて見ると、海草藻場に降り積もる砂()に比べて赤土の割合が小さいことが分かります。海草藻場は、赤土がサンゴ礁に流れて被害を及ぼすのを防ぐ役割を果たしています。

 このように、海草の草原はただ美しいばかりではなく、陸から流れ込む赤土などの有害物質や病原菌をブロックするフィルター効果を発揮することで、サンゴ礁を汚染のリスクから守っていることが分かってきています。


 ところが最近、アオウミガメの集団がサンゴ礁の海草を食い荒らし、海草藻場を沙漠のように変えてしまう事例が、沖縄の各地から報告されるようになりました(写真3)。

写真3.石垣島の白保サンゴ礁の中のほぼ同じ場所で撮影された海草藻場の写真。2021年から22年にかけて、アオウミガメによる激しい食害を受けて、海草が著しく減少しました。

 この結果、海草の草原が赤土のような汚濁物質を捕集する力を失い、逆にため込まれていた堆積物が波で舞い上がるようになりました(図3)。これでは病原菌も素通りです。このため研究者は、サンゴ礁の澄明な海がやがて濁った荒れ地に変わってしまうのではないかと心配して推移を見守っています。

図3.海草が減少すると、たまっていた堆積物が波で舞い上がるようになるため、降り積もる砂の量も激増していました。これはサンゴ礁の堆積環境が不安定になってしまったことをあらわしています。

 ウミガメがなぜ急に海草を食い荒らすようになったのか、原因はよく分かっていません。ウミガメが人間の手厚い保護を受けて急増している一方、ウミガメにとっての脅威となる大型サメ類が人間による乱獲のために激減してしまい、ウミガメが気兼ねなく自由に採餌できるようになったことに一因があると考えられています。また、人間が大量のゴミを海に捨てたことで、ウミガメの餌場がゴミで荒らされてしまったことにも原因の一端があるのかも知れません。


この研究の一部は科学研究費補助金新学術領域(課題番号220121007)および環境研究総合推進費(課題番号JPMEERF20224M01)により、環境省石垣自然保護官事務所の協力で実施されました。


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