安定同位体比を利用した生化学・物質循環指標の開発

 安定同位体比分析法は、食物網構造や物質流通経路の解析のための優れたツールとして、生態学・環境科学の分野において広く利用されています。しかしながら、普及している既存の方法を単純に対象に適用するだけでは通り一遍の結果しか得られませんし、対象とする系の複雑さに見合うだけの解像度のある情報がなかなか得られないのが通常です。目的とする研究成果を得るためには、同位体比分析を適用する前に、対象とする系の特性に対応したサンプリング方法と、分離分画作業を含めたサンプルの前処理方法をよく検討しておく必要があります。また、得られたデータをどういうモデルに載せて解釈するべきかを事前によく吟味した上で、それに適した調査を計画することが求められます。
 現在、私共の研究室では、有機物や固体状無機物の炭素・窒素・硫黄・酸素・水素の安定同位体比を分析する質量分析計、アミノ酸や脂質等の化合物別炭素・窒素安定同位体比が分析できる質量分析計、水の酸素・水素安定同位体比を分析するCRDS分析装置が稼働しています。また、国際沿岸海洋研究センターの白井厚太郞氏の協力を得て炭酸塩の酸素・炭素同位体比分析を行っているほか、リン酸の酸素安定同位体比分析も実施可能です。
 私共は分析方法だけでなく、サンプリング戦略、試料の分離分画法、データ解析方法を工夫することにより、同位体比分析の効用を最大化するテクニックの追求を進めています。また東京工業大学の中村隆志氏の協力を得て、栄養塩や炭酸塩の安定同位体比を変数とする代謝モデル・生態系モデルの作成を進めています。
 また天然の安定同位体比を指標として利用することに加え、人為的に濃縮した安定同位体をトレーサーとして利用する実験技術の開発と応用を進めています。最近は特に食物連鎖の時定数の解析、代謝系の環境ストレス応答の研究、溶存有機物の分解過程の研究等にトレーサー技術の応用を試みています。
 私共の研究室では、同位体比分析を体験する機会の少ない東南アジアの若い研究者を対象として技術研修を行ったり、知識を普及する活動にも取り組んでいます。

(写真上)C/N/O/H/S バルク安定同位体比分析に使用する前処理装置の一部。
(写真中)化合物別安定同位体比分析に使用する前処理装置の一部。
(写真下)JICA の招聘事業による安定同位体比分析の研修風景。


最終更新日:2019年3月31日