每年10月下旬に柏キャンパスの一般公開が行われています。海洋化学部門ではサンゴ礁の砂の中からホシズナ(大型の底生有孔虫)を見つける体験型の企画を行っており、特に小中学生のみなさんには喜ばれていました。現在は新型コロナ感染対策のための接触制限により、対面での一般公開ができなくなっていますが、当時掲示していたポスターの内容を以下に掲示しておきます。


 フィリピン多島海、インドネシアのカリマンタン島東岸・小スンダ列島、およびソロモン諸島で囲まれた、「コーラル・トライアングル」と呼ばれる海域(下の世界地図で緑の三角形の部分)は、地球上でほかに類を見ない生物多様性の宝庫です。

 上の図はサンゴ礁を作るサンゴの種類数、下の図は、上から順に魚類タカラガイ類緑藻類海草類マングローブ樹種の種類数の分布を示しています。どの生物についても、この海域は種類数がとびぬけて多いことがわかります。

 この理由として、この海域は海洋生態系としての歴史が古く、また気候や海流の条件のために水深の深いところまで水温が高くて安定していること、季節変動が小さいこと、大小の島が無数にあって環境の変化に富んでいることが挙げられます。このため、新種の動植物が生み出されやすく、また、ほかの海域から移ってきた生物が住みつきやすいので生物多様性が豊かになったと考えられています。

 日本列島は「コーラル・トライアングル」には含まれませんが、コーラル・トライアングルの一角をかすめて黒潮が流れ寄せていることから、日本近海は同じ緯度のほかの国々に比べると例外的に生物多様性が高くなっています。

 しかし残念なことに、人間活動に由来するいくつかの要因が、サンゴ礁海域の生物多様性に深刻な危機をもたらしています。たとえば

  1. 漁業活動による大型魚種の乱獲 ── 食物連鎖の上位の動物を取り除くことになるので、生態系の秩序を乱します。
  2. 地球温暖化 ── 高水温に弱いサンゴを白化させ、衰弱させます。
  3. 海洋酸性化 ── サンゴや貝類など、炭酸カルシウムの殻を作る生物の成長を遅くするなど、さまざまな影響を与えます。
  4. 水質汚染と富栄養化 ── プランクトンが増えて水が濁り、サンゴまで光が届かなくなったり、酸素が不足したりします。

 これらの被害は、今後ますます深刻になると予想されています。


 実際のオープンキャンパスの場では、主として小中学生や家族連れのかた向けに、サンゴ礁の砂の中から星砂(有孔虫の殻)を自分で探してもらう体験型企画を行っていました。

「星砂さがし」の会場(公開前)。通常は教授会のために使われている部屋です。奥には生きているホシズナの水槽も展示されています。
公開中の会場。現在は整理券を配布するシステムになっており、この写真のような混雑は見られなくなっています。

縄文時代のホシズナ?

 ホシズナの主要な成分の一つである「炭素」という元素は実際は3種類の「同位体」(同じ元素だが重さが少しずつ違う粒子)を含んでいます。その中で最も重い同位体(14C)がどのくらいの割合を占めているかを精密に測定すると、ホシズナが生まれた年代を一つずつ推定することができます。

 同位体の比率を精密に測定するには、右の写真*のような、加速器質量分析計という大きな装置が使われます。大気海洋研究所にも同じ装置がありますので、ホシズナの生まれた時代を調べることができます。そこで、サンゴ礁の砂浜でいろいろな深さから掘り出したホシズナを使って、その作られた時代を調べてみました。

 右の写真のような砂浜で、コアサンプラーという道具を使って2メートルほどの深さまでの砂を円柱状に採集します。そうして採集された砂の柱を、上から順に薄い層に切り分けていきます。砂の大部分はサンゴのかけらからできていますが、星砂探しをする時のように虫眼鏡を使って注意深く探すとホシズナ(生体ではなく遺骸)を見つけることができます。

 このようにして見つけたホシズナを一粒ずつ加速器質量分析計で分析して、そのホシズナができた時代を推定します。(分析したあとはホシズナはもう残りません。)

 下の表には14粒のホシズナを分析した結果を、生まれた時代の早い順に並べて示します。

 このように、天然のホシズナには古代にできたものが含まれていることが分かります。中には縄文時代のものもありました。

 この砂を採取した場所は、18世紀に明和の大津波の被害を受けていますので、古いホシズナはその時に遠くから運ばれてきたものである可能性があります。

 みなさんが見つけたホシズナにも、悠久の歴史が刻まれているのかも知れません。


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