栄養塩とは?

 地球上のあらゆるものは「元素」からできています。元素には、「炭素」「酸素」「鉄」等の約90種類があり、元素記号で C, O, Fe などと表記されます。このうちで、生物がその体をつくり生きていくために必要な元素が20種類くらいあると言われています。生物は元素を自分で作ることはできないので、生活している環境から元素を手に入れる必要があります。

 生物が必要とする約20種類の元素の中には、生物にとってはたくさん必要なのに、生活環境からは十分には手に入れにくい元素がいくつかあります。このような元素は生物世界の規模や分布を決めるたいへん重要な要因となり、植物学や農学では「養分」、海洋学や陸水学では「栄養塩」という、特別の用語で呼ばれます。

 「養分」と呼ばれる元素は窒素・リン・カリウムの3種類で、これらを混ぜ合わせた配合肥料が広く使われています。これに対して「栄養塩」と呼ばれている元素は少し違い、窒素・リン・ケイ素の3種類です。

 海洋の生態系の成り立ちや動きを理解するためには、栄養塩の概念が根幹的に重要な役割を果たします。例えば、海洋内での大局的な栄養塩の動きを理解すれば、 こちらのページ の図2に示した海洋底の有機炭素の全球分布がどうしてそのようになっているのか、そのあらましを説明することができるようになります。

図1.5種類の栄養塩。左から a: 硝酸イオン、b: 亜硝酸イオン、c: アンモニウムイオン、d: オルトリン酸イオン、e: ケイ酸。N は窒素原子、O は酸素原子、H は水素原子、P はリンの原子、Si はケイ素の原子を表す。

 栄養塩にあたる三つの元素は、いくつかの化合物の形で海水に溶けています(図1)。窒素(元素記号は N)は硝酸イオン、亜硝酸イオン、またはアンモニウムイオンという3種類の化合物の形をとりますが、硝酸イオンが最も重要です。リン(P)はオルトリン酸イオン(または単にリン酸イオン)、ケイ素(Si)はケイ酸という形で海水中に溶けています。海の植物(海藻や植物プランクトンなど)は、これらを海水から体内に吸収して栄養源として使います。

 海洋の栄養塩の濃度は、水深によって変わります。海面近くの太陽光が当たる場所(有光層;真光層とも呼ばれる)では、植物プランクトンや海藻が生育することができ、そのために栄養塩を活発に吸収するので、栄養塩の濃度が下がり、ほとんどなくなります(図2の上端近くの部分;水深 200 m くらいまで)。

図2.海面から海底までの間の栄養塩(硝酸イオン、リン酸イオン、ケイ酸)の濃度の変化(ハワイ近くの太平洋の場合;ハワイ大学海洋地球科学技術学部のウェブサイトより引用)。海洋学ではこの例のように、グラフの縦軸に水深、横軸に成分の濃度を表示した図をよく使います。人の横顔にたとえて「プロファイル」とも呼ばれます。

 しかし光の届かない深海(おおよそ水深 200 m 以深)では、植物プランクトンや海藻が生活できないため、栄養塩は使われないまま、高い濃度で残っています(図2)。海面近くの海水は温かく、深海の海水は冷たいので、両者はほとんど混じり合いません。そのため、図2のような栄養塩濃度のプロファイルがいつまでも保たれることになります。

 ある元素が海洋の中のどこに、どのような化合物として、どのくらいの濃度で存在しているのかという問題に対しては、このように海洋生物の働きが強い影響を及ぼしています。地球上の元素の分布と動きが、生物作用と物理過程とによって恒常的なパターンに維持されるしくみのことを「物質循環」と言います。90種類のどの元素にも物質循環がありますが、特に重要なのは、栄養塩に属する3元素(窒素・リン・ケイ素)に、炭素(元素記号は C)と硫黄S)を加えた5種類の元素の物質循環です。

 海洋生態系の成り立ちや、海洋汚染・気候変動問題とのかかわりを考えるには、これら5種類の元素の物質循環について、深く研究して理解することが大切です。

栄養塩の測り方

 海洋や陸水の中の栄養塩の濃度を測定するには、化学分析を行う必要があります。化学分析の基本原理は栄養塩の種類ごとに昔からほぼ決まっています。むしろ、その決まった測定方法で検出される物質を「栄養塩」と呼んでいると言ってもよいほどです。

 最も簡単なものは、亜硝酸イオンの測定方法です。

 亜硝酸イオンの濃度を測定するためには、一定量の水サンプルの中に2種類の試薬を少量加えてしばらく(5分間くらい)待つだけです。亜硝酸イオンは添加した試薬と反応して、インクのマゼンタのような色(図3)に変わります。そこで、分光光度計という装置を使って、水サンプルのマゼンタ色の濃さを測定すると、その読み取り値から、もとの亜硝酸の濃度を計算することができます。

図3.硝酸イオンの分析。試薬を加えて発色させたところ。左は濃度が低い場合(表層水のレベル)、右は濃度の高い場合(深層水のレベル)。

 硝酸イオンの濃度を測定するには、まず還元剤という試薬(例えば亜鉛の粉末)を使って硝酸イオンをすべて亜硝酸イオンに変化させます。次に、その水サンプルに上記の方法を適用して亜硝酸イオンの濃度を測ると、もとのサンプルに含まれていた硝酸イオンと亜硝酸イオンの合計量がわかります(図3)。その値から、上記の方法で別に測定しておいた亜硝酸イオンの濃度を引くと、硝酸イオンの濃度が分かります。

 アンモニウムイオンの濃度を測定するには、水サンプルに2種類の試薬を加えて、アンモニウムイオンをインドフェノールという物質に変化させます。そうすると、もとのアンモニウムイオンの濃度に応じて、水サンプルに青い色が着きます。この色の濃さを、やはり分光光度計を使って測定すると、もとの水サンプルに含まれていたアンモニウムイオンの濃度が分かります。ただし、この反応にはかなり時間がかかります(室温なら2時間くらい、温めると15分くらい)。

 リン酸イオンケイ酸は、いずれも水サンプルにモリブデン酸という試薬と適当な還元剤を添加すると深い青色になりますので、アンモニウムイオンの場合と同様に分光光度計を使ってもとのリン酸イオンやケイ酸の濃度を知ることができます。実際には、リン酸イオンかケイ酸のどちらか一方だけがモリブデン酸と反応するように、特殊な試薬(酒石酸など;隠蔽剤とも呼ばれる)を添加しておくことによって、リン酸イオンとケイ酸のそれぞれを区別して測定することになります。

 最近は、実際の海洋観測には、こうした化学分析の一連の作業を自動化した「オートアナライザー」という装置が用いられることが多くなっています(→文献)。手作業での分析に比べて、オートアナライザーには数々のメリットがあり、手作業での分析に慣れている人から見ると、オートアナライザーは夢の装置とも見えます。

 しかし、特に海洋化学のプロとなることを目指される方には、栄養塩の手作業での化学分析を一度は実地に経験されることをお勧めします。そうすると反応の原理がよく理解できるようになるからです。また、反応の原理が理解できていると、実際の観測や分析においてどのようなところに気を付けなければならないのか(逆に言えば、どこなら手を抜いてもよいのか)がわきまえられるようになるからです。

※ このページの内容は、2023年度の東大柏キャンパス一般公開行事においてクイズラリーのために展示したポスターに基づいています。


最終更新日: 2025年11月8日