ブルーカーボンの実効性

 海岸に自生する耐塩性の高等植物(維管束植物)の群落である海草藻場(アマモ場)、マングローブ、塩性湿地(ヨシ帯)はブルーカーボン生態系と呼ばれ、それらがもつ高度な炭素固定能力によって大気中から二酸化炭素を吸収・固定することで、気候変動(地球温暖化)の緩和と抑止に貢献することが期待されています1。最近はコンブやガラモ等の大型海藻類の群落をブルーカーボン生態系に含めることも多く、また人によっては海洋植物プランクトンが生産する有機炭素(生物ポンプとも呼ばれる働き)もブルーカーボンに含めることがあります。

 ブルーカーボンが大気中二酸化炭素の吸収先として気候変動緩和に実効的に貢献するためには、吸収された炭素が再び二酸化炭素として大気中に戻るまでに、少なくとも100年程度はどこかに貯留される必要がありますが、それを証明することは必ずしも簡単ではありません。

 下の図1は、炭素が100年以上貯留できる可能性がある海洋内での貯留場所を、5種類のカテゴリーに分類して示してあります。これらはどのくらい実効性をもって機能しているのでしょうか?

図1.海洋で生産される有機炭素に対する5つの長期貯留リザーバー

 系内堆積物というのは、アマモ場やマングローブのようにその生息地の内部に堆積物を持つようなブルーカーボン生態系において、その内部の堆積物中に年々蓄えられている、植物由来の有機炭素のことを意味しています。本来、「ブルーカーボン」という概念はこのの経路で貯留された有機炭素だけを意味していました。系内堆積物への有機炭素の貯留量は、上記の5つの中ではこれまでに最もよく研究されており、実際に莫大な量の炭素が貯留されていることが分かっています(→文献1, 22。少なくとも生息地の単位面積あたりで比較すると、地球上の他のどんな生態系に比べても有機炭素の貯留速度が高いとされています。とはいえ、人間が化石燃料を消費して撒き散らしている二酸化炭素の量があまりにも莫大であるため、の経路による炭素貯留だけでは気候変動緩和にあまり貢献できないことも分かっています。

 アルカリ化というのは最近注目されるようになったプロセスで、マングローブや熱帯性の海草藻場などにしばしば見られるものです。このプロセスでは有機物は生息地内で分解されてしまいますが、その一部がいくつかの理由によって分解されても二酸化炭素(CO2)ではなく重炭酸イオン(HCO3)になるため、海面から大気中に戻ることがなく、海中に貯留されているとみなすことができる、というものです。石灰岩地質上に立地する沖縄のマングローブ等ではの経路よりもの経路の方が量的に重要であることを示唆する研究結果が報告されています(→ 文献)。

 残りのからまでは、生産された有機物がいったん枯れ葉や流れ藻などのかたちで生息地の外、つまり外洋域に流出した後での貯留場所です。

 ブルーカーボン生態系から外洋へ流出する有機炭素の一部は、海水に溶けた形(溶存有機炭素、DOC)となっています。流出するDOCの中には、もともと非常に分解されにくくて100年後まで有機炭素のまま残留するもの(難分解性溶存有機炭素、RDOC)がごくわずかに含まれていると考えられています。また、当初は分解されやすいDOCも、分解の過程の中で変質を受けて、ごく一部がRDOCに変わるとも言われています。このように炭素がRDOCとして海洋内に貯留されるプロセスがですが、実際にこのプロセスがどの程度機能しているのかはよく分かっていません。海洋全体でのRDOCの総量は大気中のCO2の総量と同じくらいあると推定されますが、そのうちのどれほどがブルーカーボン生態系でできたものなのかを判別することは現在の技術では困難なためです。3

 外洋に流出するブルーカーボンの残りは、マングローブや海草の枯れ葉、あるいは海藻類の枯死体や流れ藻等の固形物です。このような流出した固形の有機炭素が、海洋内部に100年以上にわたって閉じ込められる可能性があるプロセスとして、の二つが考えられています。

 は、海洋全体の鉛直構造を前提としたプロセスです。海洋、特に深海域は、水深が深くなるとともに急激に水温が下がる(つまり密度が上がる)密度躍層というものがあり、これより浅い部分(混合層)と深い部分(深層;およそ200 m以深)に分けることができます(図1参照)。このうち混合層は絶えず大気に接していますが、深層は大気から隔離されており、次に大気に触れるまで少なくとも数百年のタイムスパンがあると考えられています。外洋に流出した固形物のブルーカーボンが、重力によって沈降するなどにより、もし分解される前に密度躍層を超えて深層に到達することができれば、たとえその後で分解されてCO2になったとしても、それが大気に戻るまでに少なくとも数百年の余裕ができることになります。このような時間稼ぎによる貯留です。

 の経路によるブルーカーボンの貯留がどのくらい起こっているのかを直接解明することは難しく、現在は水塊の鉛直輸送と植物枯死体の沈降過程を考慮した海洋循環のシミュレーション・モデルを応用して推定すること、またその精度と確度を向上させることに努力がなされています。4 の経路による貯留は、実効的には人為的に海洋深層にCO2を注入する技術と同等のものなので相応の効果が期待できますが、分解される時に酸素を消費するため、場合によっては貧酸素化・無酸素化のリスクを考慮する必要があることに注意が必要です。

 の経路は、生息地から外洋に流出した固形物のブルーカーボンが、海洋底に沈降して、海底堆積物の中に有機炭素のまま埋没して貯留されるというプロセスを意味します。の経路による貯留は、量的には、人間がばらまいている膨大な二酸化炭素の量に比べるとごく小さいと考えられていますが、データが不足していてよく分かっていない部分があります。海洋底は広く、地球の全面積の7割もありますので、全部を合わせると、の生息地内の堆積物への貯留量(狭義のブルーカーボン)に匹敵する、もしくはそれをはるかに上回る規模になる可能性があります。

 二酸化炭素吸収源として海洋生物による炭素隔離(広義のブルーカーボン)の社会実装を検討する場合、特に国内でよく行われているように(海草やマングローブではなく)大型海藻類によるブルーカーボン生産を中心として事業化を図る場合には、その実効性の裏付けとして、上記の ④+⑤ のプロセスを通しての炭素隔離量をできるだけ正確に予測する努力が今後必要になってくると思われます。

 私共の研究室では、現在は下記の3つの観点からの研究を手掛けています。

 以下では、プロセスの実証に関する最近の研究を紹介します。

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公開日:2025年11月3日

  1. 海洋は全体として、人類が化石燃料の利用などを通して大気中に排出している二酸化炭素のうちの膨大な量を吸収しています。この働き自体は、ブルーカーボン生態系の貢献をリアルタイムに反映しているわけではなく、大気中の二酸化炭素の濃度の増加に追い付いて平衡を取りもどすために海洋が持続的に二酸化炭素を吸収している作用を示すものです。この作用は海洋表層の二酸化炭素濃度を低下させる生物生産の働きによって促進されますが、平衡を取りもどすのには時間がかかり、それまでずっと海洋は二酸化炭素を吸収し続けることになると予想されます。このような形での海洋による二酸化炭素吸収量は炭素量として年間3ペタグラム(Pg; 1 Pg は10億トン)にものぼると推定されていますが(→文献)、それでも人間活動による二酸化炭素の総排出量に対して4分の1程度を占めるに過ぎず、陸上生態系による吸収を考慮しても、このままではますます二酸化炭素濃度が上昇して気候変動が激化する懸念があります(→文献)。そのため、海洋による定常的な二酸化炭素吸収作用に対するプラスアルファとして、ブルーカーボン生態系を通しての炭素貯留への貢献が待望されているわけです。 []
  2. Alongi (2018)による “Blue Carbon: Coastal Sequestration for Climate Change Mitigation” という短い教科書に紹介されている見積によると、全世界のマングローブと塩性湿地における炭素隔離速度(の経路による)の合計は炭素量としてそれぞれ年間およそ0.014 Pg、0.010 Pg(1 Pg = 10億トン)とされています。海草藻場については全世界の分布面積が不確定のため見積もりにくいのですが、おおよそ年間0.05 ~ 0.10 Pgと推定されています。これに対して大型海藻類の場合はの経路による貯留はありませんが、後述するの経路を通して今後100年間貯留される炭素の1年あたりの生成量として、Filbee-Dexter et al. (2024)はおよそ0.004 ~ 0.044 Pgと見積もっています。したがって大型海藻類も含めた現存のブルーカーボン生態系全体による炭素長期貯留量は、海洋全体の二酸化炭素年間吸収量である約3 Pg(炭素換算)に対して最大5パーセント程度に相当するという計算になります。(ただしこの計算では図1に示した5つの経路のうち一部だけしかカウントしていませんので、すべての経路を合わせるともっと大きい可能性があります。) []
  3. 大気中の二酸化炭素の総量は、炭素量として880 Pg(1 Pg は10億トン)あまりと言われていて、今なお上昇中です。それに対して海洋中の全DOCは炭素量としておよそ660 Pgとされています。全DOCの約95%はRDOCであるとされ、その回転時間(生成してから分解してCO2になるまでの時間)は数千年以上と言われていますが、RDOCが1年間に生成する量は炭素量として0.043 Pg程度とされており(→文献)、1年間に大気中に排出される二酸化炭素の量(炭素量として10 Pg以上)の0.5%にも満たず、したがってRDOCは二酸化炭素の吸収にも気候変動緩和にもほとんど貢献していないと想定できます。それに対して、DOCの約3%(約20 Pg)を占める準分解性溶存有機炭素(SDOC;上記の文献では「準易分解性」と「準難分解性」に分けられている)は、回転時間は数年のためそれ自体は長期貯留を保証しませんが、分解される前に海洋深層に移行することができれば、その部分は長期貯留に算入できます。この作用はプロセスとしてではなく、次に述べるプロセスの一部として理解されるべきものです。ただし、以上に紹介した量は海洋のDOC全体に関わる量であり、そのうちでブルーカーボン生態系に起源をもつものはごく一部だと考えられます。 []
  4. 脚注2で紹介したFilbee-Dexter et al. (2024)は、大型海藻に由来する固体有機炭素(デトリタス)のプロセスによる長期貯留(100年以上)の量をさまざまなモデルを駆使して推定したものです。この研究は高く評価できる、信頼度の高い研究ですが、大型藻類のモデルとしてどちらかと言えば分解の速いコンブ目の種を中心に用いているため、海洋全体の長期貯留量の評価値としてはやや控えめな値になっている可能性があります。一方、脚注3で言及したDOCに関しては、海洋全体で準分解性溶存有機炭素(SDOC)が年間およそ3.4 Pg生成されているという推定があります(→文献)。仮にこのうちの10%がブルーカーボン生態系に由来するもので、さらにその10%が分解される前に深海に移送されるという、いささか大胆な仮定を置くと、ブルーカーボンDOCのプロセスによる長期貯留が年間およそ0.03 Pgほどあると推定できます。 []