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深海の堆積物に到達した沈降粒子は、堆積物最表層部でその有機態窒素の 90% 以上が分解により失われる。表層堆積物の窒素安定同位体比は、その上層で採集された沈降物質の同位体比に比べて 1 〜 5‰ 程度高くなることが多い(前ページの図13参照)。これは、すぐ後に述べるように堆積物表層の酸化的な環境における初期続成作用(分解)の結果であると考えられている [1]。 このように、有光層で生産されている平均的な PON に比べて、有光層直下で採集される沈降粒子は若干 δ15N が高く、粒子が沈降するにつれて δ15N はやや低下し、堆積物に到達したのち再び高くなる、というようなパターンがしばしば見られる。しかしこのような複雑な変動性にもかかわらず、堆積物表層の δ15N 値の地理的変動パターンは、概ね PON の δ15N の地理的パターンとよく対応しており(前ページの図12参照)、堆積物の δ15N は表層における生物生産活性に対するプロキシとなると考えられている。実際、巨視的に見ると、表層堆積物の δ15N と有光層中の硝酸濃度との間に逆相関があり(図14、15)、表層水での硝酸の取込に伴う同位体効果が約 4000 m 下の海底堆積物に記録されていることになる。[2] |
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堆積物の窒素安定同位体比は、堆積後に起こる化学反応(続成作用)によって徐々に変化する。酸化的環境における初期続成作用によって有機物の平均的な δ15N 値が上昇する傾向は、堆積物コアにおける δ15N の鉛直分布の観察(図16左)や粒子状有機物の分解実験(図17、18)などによってしばしば確認されている [3]。この変化を引き起こすメカニズムとしては、有機物の分解過程における脱アミノ化反応の同位体効果が有力とされている。すなわち、有機物中の窒素は分解過程において一部は分解者(バクテリア)の菌体合成に使われ、他は脱アミノ化を経てアンモニアとなるが、この分岐過程に同位体効果が作用し、アンモニアとなる窒素の δ15N はもとの有機物より低くなり、菌体合成に回る窒素の δ15N は逆に高くなる(見かけ上の ε = 1.5‰ 程度)。こうして堆積物中に分解者の菌体が増加するにつれて堆積物の平均的な δ15N 値は高くなる。この分解者菌体もいずれは分解される側に回るため、分解者群集内での食物連鎖というべき構造ができ、分解の進展と共に δ15N が徐々に上昇していくメカニズムが成立する。 | ||||||
しかし分解プロセスが堆積物の同位体比を変化させる要因はこのほかにもいくつかあり、条件によって異なる要因が作用することもあり得る。また嫌気的条件下での続成作用においては、δ15N がほとんど変化しないか、低下する例もある(図18)。 | ||||||
分解の進行に伴って、堆積物中の全窒素に占める有機態窒素の比率が低下することもまた、全窒素の安定同位体比に影響を及ぼす。貧栄養な堆積物では無機態の窒素が全窒素の1割以上になることがある。この無機態窒素は主として粘土鉱物の層間に固定されたアンモニウム・イオンであり、KOBr による有機物除去処理を行っても堆積物中に残存することから、KOBr 処理の前後で同位体分析をして同位体マスバランス計算をすることにより、有機態窒素のみの同位体比を求める試みが行われている(図15、図16左)[4]。KOBr 耐性無機態窒素画分の起源としては、陸域から供給される粘土鉱物の中に初めから含まれている場合と、続成作用の過程で新たな粘土鉱物が生成する際に堆積物中のアンモニウム・イオンが捕獲される場合とが考えられるが、いずれにしても有機態窒素よりも δ15N が低いことが予想され、実測結果を見てもそうなっている。 堆積物の窒素安定同位体比が環境評価や古環境復元のためのプロキシとして利用される機会が増加しているが(例えば図16右 [5])、特に定量的な指標として δ15N を用いる場合には、このような続成作用に伴って起こる同位体比の変化の可能性について慎重な検討が必要となる。 |
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[1] | Schäfer, P. et al.: Isotopes Environ. Health Stud. 34: 191-199 (1998). | |||||
[2] | Altabet, M.A. and Francois, R.: Global Biogeochem. Cycles, 8: 103 (1994); Hebbeln, D. et al.: Mar. Geol. 164: 119 (2000); Schubert, C.J. and Calvert, S.E.: Deep-Sea Res. I 48: 789 (2001). | |||||
[3] | Freudenthal, T. et al.: Geochim. Cosmochim. Acta, 65: 1795 (2001); Macko, S.A. et al.: Chem. Geol. 114: 365 (1994); Lehmann, M.F. et al.: Geochim. Cosmochim. Acta, 66: 3573 (2002). | |||||
[4] | cf. Sigman, D.M. et al.: Paleoceanography, 14: 118 (1999). | |||||
[5] | Voss, M. et al.: J. Mar. Sys. 25: 287 (2000). | |||||
(執筆: 宮島 利宏) | ||||||
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