ホームページ > 窒素安定同位体比(2) |
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海洋の窒素の半分以上を占める硝酸イオンは、その大半が太陽光の及ばない中層・深層(分解層)の海水中に存在している。中・深層の硝酸イオンの窒素安定同位体比(δ15N)は、貧酸素層が発達する一部海域を除けば、地球上のどこでも +5〜+6‰ であってほぼ一定しており、海洋における窒素安定同位体比のパターンを考察する際にはこの中・深層部における硝酸イオンの δ15N を基準として考えると見通しがよくなる。硝酸イオンは海洋における生物生産の最も主要な窒素供給源であるが、生物がこれを利用するためには還元する必要があり、この還元反応には通常明瞭な同位体効果が伴う。このため、海洋の窒素同位体分布には、以下で説明するように、全球的にも地域的にも、生物地球化学的プロセスを反映した美しいパターンが現れる。 硝酸の δ15N をこの基準値から変化させる作用を持つ生物地球化学的プロセスは、 |
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1.植物プランクトンによる硝酸の取込(同化的還元)に伴う同位体効果 2.脱窒による硝酸の消費(異化的還元)に伴う同位体効果 3.アンモニアからの硝酸の生成(硝化)に伴う同位体効果 4.窒素固定藻類に由来する有機物が酸化的に分解されて生成する硝酸の寄与 |
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の4つである。このうち、量や規模の面で重要なのは、植物プランクトンによる取込と脱窒である。 海洋表層(有光層)では植物プランクトンによって硝酸が取り込まれると、硝酸の濃度が低下し、取込に伴う同位体分別効果のために、残された硝酸の δ15N は高くなる。この効果のため、有光層の硝酸の δ15N には、たとえば高緯度海域では緯度方向の勾配(低緯度ほど高い;図3)が生じ、また湧昇域では湧昇中心から周縁部に向かう勾配が生じる。季節的に成層したりブルームが発生する海域では、硝酸 δ15N 値の季節的なサイクルが現れる(図4)。[1] |
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同位体分別係数 ε が一定の場合は、残されている硝酸の δ15N は硝酸の消費率 u の関数になり、その式は、硝酸がはじめに一度だけ供給されるだけの閉鎖系モデル(微生物学で言うバッチ培養系)と、継続的に硝酸が供給され、消費速度が供給速度と釣り合っている定常系モデル(連続培養系)とで異なっている(モデル1)[2]。自然の生態系ではこの両者の要素が混合した中間形態を取っていると考えられる。また ε の値も一定しているとは限らず、水温や栄養条件、植物プランクトンの種構成に応じて変動し、多くの場合 0 〜 10‰ の範囲の値を取る。 | ||||||
硝酸の δ15N に大きな栄養を与えているもう一つのプロセスは、酸素極小層(Oxygen Minimum Zone; OMZ)における脱窒である。OMZ は大規模な湧昇域である東部熱帯域北太平洋、東部熱帯域南太平洋、アラビア海のいずれも中層(100 − 1000 m)に広く発達し、また小規模ながら、閉鎖的な湾の底層部にも発生する。OMZ の中心部では基本的に有機物制限・硝酸過剰の条件下で脱窒が進行している。脱窒反応に伴う同位体分別係数は ε = 30‰ 前後と大きいため、使い残された硝酸の δ15N 値が高まっており、最高で +20‰ 前後に達することがある(図5)[3]。OMZ で同位体比が高められた硝酸が水平的移流によって OMZ 外の周辺海域の硝酸の安定同位体比にも影響を及ぼしている。 大陸棚表層堆積物中でも活発な脱窒が進行しており、直上の海水中から硝酸が消費されている。しかしプロセス全体の進行速度が、脱窒反応そのものではなく、堆積物中の嫌気部位への硝酸の拡散速度に律速されがちであるため、直上海水に残された硝酸の δ15N はそれほど大きくは上昇しない(見かけ上の ε は 1 〜 3‰ 程度;図6)[4]。 |
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硝化反応によってアンモニアから硝酸が生産される場合、その同位体分別係数は極めて高く(最大で ε = 35‰ 程度)、軽い同位体比を持った硝酸を海洋に供給することができる。実際、亜熱帯域の有光層下部では硝化の産物と推定される同位体比の低い硝酸の蓄積が観察されている [5]。また微好気的な陸棚堆積物中では硝化がアンモニア過剰・酸素制限の状態で進行するため、硝化によって同位体比の低い硝酸が生成していることが知られている(図6)。 しかし大局的には、硝化が海洋の硝酸の同位体比分布に及ぼしている影響は小さい。これは海洋のほとんどの領域では硝化が酸素過剰・アンモニア制限の条件下で進行しているため同位体分別が現れにくく、また微好気的な堆積物中で δ15N の小さい硝酸が生成しても、ほとんどがその場で脱窒によって消費されてしまうためである。 窒素固定藻類は δ15N が -2 〜 0‰ と低く、窒素固定藻類に由来する有機物が海水中で分解・硝化を受けることによって、δ15N 値の低い硝酸が局所的に生成することが知られている [6]。海洋全体として、硝酸の δ15N に窒素固定がどの程度の影響を与えているかについてはわかっていない面が多い。 |
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[1] | Wu, J. et al.: Deep-Sea Res. I 44: 287 (1997); Altabet, M.A. et al.: Deep-Sea Res. I 46: 655 (1999); Sigman, D.M. et al.: Global Biogeochem. Cycles, 13: 1149 (1999); Altabet, M.A. and Francois, R.: Deep-Sea Res. II 48: 4247 (2001). | |||||
[2] | Altabet, M.A. and Francois, R.: Deep-Sea Res. II 48: 4247 (2001). | |||||
[3] | Brandes, J.A. et al.: Limnol. Oceanogr. 47: 1680 (1998); Voss, M. et al.: Deep-Sea Res. I 48: 1905 (2001). | |||||
[4] | Brandes, J.A. and Devol, A.H.: Geochim. Cosmochim. Acta, 61: 1793 (1997). | |||||
[5] | Sutka, R.L. et al.: Geochim. Cosmochim. Acta, 68: 517 (2004). | |||||
[6] | Liu, K.-K. et al.: Mar. Chem. 54: 273 (1996). | |||||
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