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外洋域の窒素循環と窒素安定同位体比
窒素の存在量と収支
 海洋中の窒素は、形態によって主として溶存無機態、溶存有機態、粒状有機態の3つのグループに分類される。このうち溶存無機態窒素には酸化数で−3から+5にわたる多様な酸化状態の物質が存在している。溶存有機態窒素(DON)、粒状有機態窒素(懸濁態有機窒素、PON)、および溶存無機態のうちの硝酸イオン(NO3-)、亜硝酸イオン(NO2-)、アンモニア(NH3 または NH4+)は、総称して結合態窒素と呼ばれ、生物地球化学的な生産・分解のサイクルに組み込まれている(図1)。海洋中に存在する窒素のうちで最も存在量の多いのは、海水中に溶け込んだ大気窒素ガス(N2)であるが、これは一部の生物にしか利用できない。このため便宜上、溶存 N2 は大気圏の一部と見なされ、海洋の窒素収支を問題にする場合は通常、結合態窒素だけを対象とする。
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 海洋中の結合態窒素(堆積物は除外)の総量は 900 − 1100 × 1015 g N の範囲であるとされ、そのうちの半分以上(約 600 × 1015 g N)は溶存無機態窒素(DIN; そのほとんどは硝酸イオン)の形態で存在している。残りの窒素の大半は溶存態の有機窒素化合物(dissolved organic nitrogen; DON)として存在し、硝酸と DON を合わせると海洋中の全窒素量の 95 − 99% を占める [1]。
 ちなみに大気中の窒素ガスの総量はおよそ 4,000,000 × 1015 g N(海洋の結合態窒素の約 4000 倍)、堆積物と堆積岩に含まれる窒素がおよそ 600,000 × 1015 g N(同 600 倍)、陸域生態系(土壌を含む)の結合態窒素の総量がおよそ 300 × 1015 g N(同 0.3 倍)であるとされている [1]。
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 海洋へ流入する窒素の流入経路は、陸域からの陸水(河川・地下水)を媒体とした輸送による流入、陸域からの大気を媒体とした輸送による流入、および一部の海洋生物による大気由来 N2 の固定(生物学的窒素固定)である(表1)[2]。このうち窒素固定は最も大きな流入経路であるが、量的評価が非常に難しく、見積方法によって 10 倍ほども隔たりが生じる。また、工業的な窒素固定による窒素肥料生産が近年激増し(図2)、量的には自然条件での生物学的窒素固定量に匹敵する規模になっている [2]。
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 海洋からの窒素の流出経路は、堆積物として永久的に海洋底に固定されることによる地圏への移行、海洋内部(特に湧昇域に発生する酸素極小層)における脱窒素反応(脱窒)による大気圏への移行、海洋底(特に陸棚域)堆積物における脱窒による大気圏への移行である(表1)[2]。このうち陸棚域堆積物での脱窒は最も主要な流出経路であるが、量的な見積が難しく、見積方法により数倍の相違が生じる。
 このように、流出・流入経路とも、最も主要な経路の量的評価に大きな不確定性があるため、海洋の窒素収支の正確な評価は困難である。海洋における窒素の平均滞留時間は見積方法により1万年程度から2千年以下までの隔たりがある。これに対して、リンの平均滞留時間は10万年以上である。リンに比べると窒素の動きは急速で、そのため海洋は潜在的に窒素制限に陥り易い状況にある。
 人為起源窒素の流入がなければ、現在も含めた間氷期においては海洋からの窒素の流出が流入を上回り、海洋から窒素が減少していく傾向にあると言われている(表1)。一方、氷河期においては、大陸棚の面積が5分の1程度まで減少するため脱窒量が激減し、海洋の窒素収支は黒字に転ずると考えられている [3]。
[1] Blashkin, V.N.: Modern Biogeochemistry (ISBN 1-4020-0992-5); Wada, E. and Hattori, A.: Nitrogen in the Sea: Forms, Abundances, and Rate Processes (ISBN 0-8493-6273-3).
[2] Schlesinger, W.H.: Biogeochemistry: An Analysis of Global Change (ISBN 0-12-625155-X); Brandes, J.A. and Devol, A.H.: Global Biogeochemical Cycles, 16, doi:10.1029/2001GB001856, 2002.
[3] たとえば Codispoti, L.A.: Nature, 376: 724, 1995.

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Toshihiro Miyajima, Atmosphere and Ocean Research Institute, The University of Tokyo
Last modified: 1 June 2004