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沈降粒子の窒素安定同位体比
 有光層直下にセディメント・トラップを設置することによって得られる沈降粒子の平均的な窒素安定同位体比は、その起源である有光層の PON の平均的な δ15N と対応した変動性を示すが、多くの場合、後者よりも若干高い δ15N 値となる(図11、12)[1]。
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 懸濁物よりも沈降粒子の方が δ15N が高くなる理由としては、次のようなことが考えられている。
(1) 沈降粒子に多く含まれる動物プランクトンの糞粒は、動物プランクトンの餌資源である植物プランクトンよりも若干高い δ15N 値を持つのに対して、懸濁物の δ15N 値はその主要構成者である植物プランクトンの δ15N 値に近い。
(2) 新生産に依存する植物プランクトンは大型で沈降速度が速く、再生生産に依存するものは小型で沈降速度が遅いとされているが、PON の項で述べたように新生産に依存する植物プランクトンの方が相対的に高い δ15N 値を取る傾向があるため、結果的に沈降粒子の δ15N は平均的な PON よりも高くなる。
(3) マリンスノーなどの大型沈降粒子では、バクテリアなどの分解者の菌体が平均的な懸濁物に比べて多くなっているが、分解者は、その菌体生産に伴う脱アミノ化の際の同位体効果により、分解基質の有機物に比べて δ15N 値が高くなる傾向があるため、その影響で沈降粒子の同位体比も高くなる。
 沈降粒子を有光層下のさまざまな深度で捕集した場合、その δ15N 値が深度と共に変動することがある[2]。一般に、同じ時期に異なる深度で捕集された沈降粒子は異なる季節に生産された有機物であることから、生産される PON の δ15N 値の季節変化が沈降粒子の δ15N 値の深度方向の変化を説明できることがある [3]。しかし年間にわたる沈降粒子の平均的な δ15N 値を深度別に比較した場合でも、δ15N が深度と共に低下していく傾向が見られることが多い(図11、13)。この傾向は PON の δ15N の鉛直分布パターンとは一致しないことから、沈降プロセスに内在する変動要因を想定する必要がある。
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 沈降するにつれて δ15N を低下させる可能性がある要因としては、以下のようなことが考えられている。
(1) 有光層に分布する有機物は、食物連鎖に伴う同位体濃縮効果のため、植物プランクトン由来の有機物は動物プランクトン由来の有機物や糞粒よりも δ15N が低いが、珪藻が優占する海域では、珪藻の方が動物由来成分よりも沈降速度が速く、相対的に分解を免れて深層に到達する。このため、有光層直下の沈降粒子ではまだ動物由来成分が多いために δ15N が高いが、深層の沈降粒子はほとんど植物由来成分となるため δ15N が低下する。
(2) 沈降粒子が有光層を離れて沈降する間に相対的に易分解性の成分が分解・無機化され、難分解性の成分が残存するようになる。易分解性の窒素化合物の主成分はタンパク質であるが、タンパク質の δ15N は他の有機成分の δ15N よりも高いことが知られている。このため、タンパク質が相対的に多い有光層直下の沈降粒子に比べて、タンパク質の分解除去が進んだ深層の沈降粒子では δ15N が低くなっている。
(3) 植物プランクトン由来の C:N 比の高い沈降粒子の場合、沈降過程で粒子上で増殖するバクテリアが窒素不足となるために周囲の海水から硝酸を取り込むが、この際に同位体効果があり、バクテリアに取り込まれる窒素の δ15N は硝酸よりかなり低い。この結果、粒子全体としての δ15N も次第に低くなる。
(4) 粒子の沈降過程では水平方向の移動による混合が起こるため、深層で捕集された沈降粒子の試料は有光層直下の試料に比べて、広い海域で生産された粒子の性質を代表していると考えられる。対象海域が広くなると、その中に一次生産が局所的に顕著に高まっているホットスポットが含まれる確率が高くなり、この場合、深層の沈降粒子試料はホットスポットで生産された粒子の性質を強く反映するようになる。一般に生産性が高まっている場合、生産される有機物の δ15N は低いことが多く、この結果、深層で捕集された沈降粒子の δ15N も低下する。もし有光層直下のトラップ試料がホットスポットをはずしているならば、見かけ上、深度と共に δ15N が低下しているように見えることになる。
 このように、沈降粒子の同位体比の変動パターンに対しては多様な解釈が成り立つ。個々の場合において沈降粒子の δ15N 値を規定している要因が何であるかは、顕微鏡観察や生化学成分の組成分析、バイオマーカーの同位体比分析などによって別途検証しなければならない。
[1] Altabet, M.A. et al.: Nature, 354: 136 (1991); Altabet, M.A. and Francois, R.: Global Biogeochem. Cycles, 8: 103 (1994).
[2] Nakatsuka, T. et al.: Deep-Sea Res. I 44: 1957 (1997); Freudenthal, T. et al.: Mar. Geol. 177: 93 (2001).
[3] Wada, E. et al.: Deep-Sea Res. 34: 829 (1987).

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Toshihiro Miyajima, Atmosphere and Ocean Research Institute, The University of Tokyo
Last modified: 1 June 2004