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沿岸域の生物地球化学(2)
Section 4 蛍光顕微鏡写真
 生物が食物からエネルギーを得るための重要なプロセスに酸化還元反応があります。私たちの行なう酸素呼吸もその一つで、酸素 (O2)のような酸化的な物質(電子受容体)と食物に含まれる有機物(糖類など)のような還元的な物質(電子供与体)が反応して、酸化還元的に中間的な物質(二酸化炭素 CO2 や水 H2O)を作り出す反応です。
  有機物 + O2 → CO2 + H2O (酸素呼吸)
 海洋や、特に海底の堆積物(砂や泥)の中に生息している微生物は、多種多様の酸化還元反応を行う能力をもっています 1)。例えば、電子受容体として、酸素の代わりに硝酸 (NO3-) や硫酸 (SO42-) を使う反応、電子供与体として、有機物の代わりにアンモニア (NH3) や硫化水素 (H2S) のような無機物を利用する反応などがあります。これらをまとめて第一のタイプの酸化還元反応と呼ぶことにします。
 酸素や硝酸のような良質な電子受容体が入手できないような場所に住む微生物は、発酵と呼ばれる第二のタイプの酸化還元反応を行います。発酵では、酸化還元的に一様な物質(たとえば糖類)が、より酸化的な部分(二酸化炭素、カルボキシル炭素など)と、より還元的な部分(脂肪族炭素、水素 H2、メタン CH4 など)との二つに分かれていくという反応が進みます。酸素呼吸のような第一のタイプとは一見逆の反応のようですが、微生物はこれによってエネルギーを得ることができます。
 第二のタイプの反応で作られる水素をもらい受けて電子供与体として利用し、環境中の硫酸や二酸化炭素を電子受容体として利用するという、第三のタイプの酸化還元反応(種間水素転移)を行うことができる微生物もいます。
  例: CO2 + 4H2 → CH4 + 2H2O (メタン生成)
 微生物たちが行う酸化還元反応は、自然環境が正常に機能し、健全に保たれるために、極めて重要な役割を担っています。その中からいくつかの事例を以下に紹介します。
微生物学的窒素代謝.jpg
Section 5
 生態系の中で分解の産物として発生するアンモニアは、微生物による酸素との酸化還元反応によりまず亜硝酸に変えられ、次いで硝酸に変えられます(上の図も参照)。
  (1) NH3 + (3/2)O2 → NO2- + H2O + H+
  (2) NO2- + (1/2)O2 → NO3-
 このプロセスは硝化と呼ばれます。こうしてできた硝酸は安定な化合物ですが、酸素が欠乏する海底の泥の中では微生物による有機物との酸化還元反応によって窒素ガス (N2) に変えられます。
  (3) 有機物 + 2NO3-n CO2 + m H2O + N2
 このプロセスは脱窒と呼ばれます。硝化と脱窒は、後で述べるアナモックス(嫌気的アンモニア酸化)と共に、生態系の中の余分な窒素を大気に返す働きがあり、地球環境の恒常性の維持のために無くてはならないプロセスです。また、人間活動による海洋の富栄養化を抑制する作用があります 2)
 しかし、脱窒を行うバクテリアが住むことのできる場所は、海底表面近くの、酸素が無くて硝酸はあるという条件を満たす、非常に薄い層の中だけです。このため、脱窒によって富栄養化を抑制するという浄化作用には限界があります。海の環境を破滅的な汚染から守るためには、窒素を含む廃水をできるだけ川に流さないようにするという、人間の側の努力が不可欠です。
Section 6 培養ビン
 硫酸還元は、硫酸と有機物との酸化還元反応によって硫化水素と二酸化炭素を生成する、特殊な微生物の作用です。これは第一のタイプの酸化還元反応に属します。
  (1) 有機物 + SO42- + 2H+n CO2 + m H2O + H2S
 酸素を含む海水の中では硫酸還元は起こりませんが、海水の中には大量の硫酸イオンが溶けているため、酸素が欠乏する海底の泥の中は硫酸還元細菌の天下となります。
 東京湾のような非常に汚濁の進んだ海では、酸素が欠乏した貧酸素水塊がしばしば発生し、その中には硫酸還元によって作られた硫化水素が次第に溜まるようになります。
 このような硫化水素を含む海水が、酸素を含む海水と混合すると、硫化水素が酸素と反応して白っぽいイオウの粒 (S0) となり、青潮が形成されます。硫酸還元を行う微生物の中には、このイオウの粒子の一部をもとの硫化水素に還元しながら、他の一部を硫酸に酸化するという、第二のタイプの酸化還元反応を行うものがいます 3)
  (2) 4S0 + 4H2O → 3H2S + SO42- + 2H+
 海底の深い泥の中では、有機物から第二、第三のタイプの酸化還元反応を通してメタン (CH4) が作られます。このメタンの一部が海底深く圧縮して蓄えられたメタン・ハイドレートは石油に代わるエネルギー資源として期待を集めていますが、メタンがもし大気中に出て来ると、二酸化炭素より強力な温室効果ガスとなり、地球の温暖化をさらに進める結果になります。
 大気中へのメタンガスの浸出を海底で食い止めているのが、嫌気的メタン酸化と呼ばれる微生物集団の作用です 4)。この集団の中でも実は硫酸還元を行う微生物が中心的な働きをしているのですが(式 3-2)、これは第三のタイプの酸化還元反応に属します。
  (3-1) CH4 + 2H2O → CO2 + 4H2 (逆行メタン生成)
  (3-2) 4H2 + SO42- + 2H+ → H2S + 4H2O
微生物学的窒素代謝2.jpg
Section 7
 地球上の窒素サイクルを交通網に譬えると、亜硝酸 (NO2-) はスクランブル交差点のような位置にあります(上の図を参照)。
 既に述べたように、亜硝酸は微生物によってアンモニアが硝酸に酸化される硝化の過程の途中に現れ、ここから地球温暖化の原因の一つにもなる亜酸化窒素 (N2O) が作られていく分岐点になっています。微生物による硝酸と有機物との酸化還元反応によっても亜硝酸が作られますが、その一部はアナモックスという別の微生物によってアンモニアと反応させられ、窒素ガス(N2)に変えられます 5)
  NO2- + NH4+ → N2 + 2H2O (アナモックス)
 硝酸と有機物の酸化還元反応によって窒素ガスが作られる脱窒の過程でも、途中に亜硝酸が現れます。また亜硝酸には、微生物の世話にならずに自ら有機物と反応して結合するという特技があります(非生物的有機化) 。森林の土壌や内湾の底泥の中には、この反応によってできた複雑な窒素化合物が蓄えられている可能性があります。さらに亜硝酸は次に述べるマンガンの酸化物を非生物的に還元して、マンガンを溶かしてしまう力も持っています 2)
Section 8 培養ビン
 昨年の秋、琵琶湖中に謎の褐色の微粒子が突然大量に出現して周辺住民を驚かせました。この粒子はメタロゲニウムという微生物で、マンガンという元素を酸素と反応させて酸化することができます。
  2Mn2+ + O2 + 2H2O → 2MnO2 + 4H+
 マンガンは酸化されると水に溶けない固体になり、水底に沈殿しますが、逆に還元されると水に溶けるようになるため、湖水の中に湧き出します。メタロゲニウムはこの湧き出てくるマンガンを酸化して湖底に帰し、湖水を清浄に保つという大切な役割を担っています。海の底近くでもメタロゲニウムとよく似た微生物が出現することが報告されており 6)、海底に眠る鉱産資源マンガン・ノジュールの生成にも関与している可能性があります。しかし、マンガンを酸化することが彼ら自身にとって何の役に立っているのか、まだよく分かっていません。
 (右上の写真は滋賀県琵琶湖・環境科学研究センターの一瀬諭さん撮影のもの。)
(執筆作製:宮島利宏
【参考文献】
  1. H.G. Schlegel & B. Bowien (ed.) Autotrophic Bacteria, Springer-Verlag (1989); J.B. Zehnder (ed.) Biology of Anaerobic Microorganisms, Wiley (1988)
  2. S. Hulth et al. (2005) Mar. Chem. 94:125
  3. D.E. Canfield (2001) Rev. Mineral. Geochem. 43:607
  4. A. Boetius et al. (2000) Nature 407:623
  5. M.S.M. Jetten et al. (1999) FEMS Microbiol. Rev. 22:421
  6. L.N. Neretin et al. (2003) Mar. Chem. 82:125

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Toshihiro Miyajima, Atmosphere and Ocean Research Institute, The University of Tokyo
Last modified: 15 July 2006